最初の一吹きで、部屋の空気が変わった
手首にワンプッシュ。シナモンの鋭い立ち上がりが鼻を突く。数秒後、その下からデーツとプラリネの甘さがじわじわと滲み出してくる。甘いが、甘ったるくはない。スパイスが甘さの輪郭を引き締めているからだ。
Lattafa Khamrah。アラビア語で「ワイン」を意味する。ノンアルコールの文化圏で「ワイン」と名付けるセンスがまず面白い。禁じられたものへの憧れなのか、それとも香りの酩酊感を表現しているのか。どちらにしても、名前負けしていない。
香りの構造
トップ:シナモン、ナツメグ、ベルガモット
ミドル:デーツ、プラリネ、チュベローズ
ベース:バニラ、トンカビーン、ベンゾイン、アンバー
トップのシナモンは5分ほどで角が取れ、ミドルに移行する。ここからが本番だ。デーツの粘度のある甘さにプラリネの香ばしさが絡み、チュベローズがほんの少しだけクリーミーな花の香りを足す。ベースのバニラとトンカビーンは数時間後にゆっくり前に出てきて、肌の上で琥珀色の温もりを作る。
持続は8時間前後。体感では朝つけて夕方まで余裕で残る。拡散力もなかなかで、2プッシュ以上は攻撃になりかねない。
Angels' Shareと比べてどうなのか
避けて通れない話題だ。Kilian Angels' Shareとの類似がよく語られる。実際、似ているのか。
正直に書く。最初の15分は相当似ている。シナモンとバニラの甘辛い骨格、オーク樽のような温かみ。ブラインドで嗅いだら自分は多分当てられない。
差が見えるのはドライダウンだ。Angels' Shareは時間が経つほどコニャックの品のある深みが出てくる。Khamrahはもう少しストレートにスパイシーバニラに落ち着く。Angels' Shareが「高級バーのカウンター」なら、Khamrahは「暖炉のある部屋」。到着地点が微妙に違う。
ただ、その価格差に見合う違いがあるかどうかは、完全に個人の判断だ。
どこでつけるか
秋冬の夜、一択に近い。デートや食事会、少しだけ特別な夜に。暖房の効いた室内でふわっと立ち上がるKhamrahの甘さは、ちょっとした武器になる。
逆に、真夏の満員電車でこれをつけると周囲の人間関係が終わる可能性がある。高温多湿でスパイシーバニラは凶器だ。日本の夏には絶対に向かない。
オフィスも微妙なところ。1プッシュなら行けなくもないが、密室の会議で「甘い」と思われるリスクはある。自分なら休日専用にする。
気になる点
ボトルデザインは悪くない。琥珀色の液体に金のキャップ。棚に置いて絵になる。ただ、アトマイザーの噴射がやや荒い。ミスト状に出るというより、ドバッと出る。加減が難しいので、最初は空中にスプレーして潜る「くぐり付け」のほうが安全かもしれない。
ロットによる個体差の報告もたまに見かける。「前に買ったのと微妙に違う」という声は、海外のフォーラムにもある。これはLattafaに限らずアラビアンブランド全般の課題だ。
結論
Angels' Shareを買う予算がある人にも、Khamrahを一度嗅いでほしいとは思う。「この値段でこの香りか」という驚きは、香水の常識を少しだけ揺さぶってくれる。
砂漠の夜風にシナモンとバニラが溶けていくような香り。大げさに聞こえるかもしれないが、つけてみればわかる。この価格でこの深みは、普通ではない。