Lattafa Asad|三千円の夜、果実から立ちのぼる煙
パイナップルの甘さから、やがてタバコとバニラの温もりへ。三千円で夜の色気をまとうアラブの一本。強さも、向かない人も、正直に書いた。
金曜の夜、十時過ぎ。仕事を終えて、誰にも会う予定のない帰り道。手首にひと吹きだけ、と決めていたのに、二回目のトリガーを引いてしまう。そういう夜に似合う香りがある。
Lattafa の Asad(アサド)。アラブ首長国連邦のブランドが出すEDPで、参考価格はおよそ3,200円。この値段で、と身構えて嗅ぐと、いい意味で拍子抜けする。
最初に来るのは、熟れたパイナップルの甘い湿り
吹いた瞬間、パイナップルとブラックカラントが果実の甘酸っぱさで前に出る。そこにベルガモットの輝きが一筋差し込んで、最初の数分はやけに華やかだ。フルーティーというより、南国の果物を切った直後の、あのむせ返るような濃さに近い。
ここだけ切り取ると「甘い香水」と思うかもしれない。でもこの果実感は前座にすぎない。Asad の本番は、この甘さが沈んでいったあとに始まる。
やがて煙が立ちのぼり、香りは夜へ傾く
三十分もすると、果実の輝きが引いて、タバコとバイオレットが顔を出す。乾いた葉巻のような煙たさと、バイオレットの粉っぽい上品さ。この二つが重なると、香りが急に大人びる。昼の顔から夜の顔へ、静かに切り替わる瞬間だ。
さらに時間が経つと、トンカビーンとバニラの甘さがじんわり広がり、シダーの乾いた木とアンバーグリスの温かさが土台に沈む。最初の果実のはしゃぎっぷりが嘘のように、落ち着いた甘い残り香になる。持続はおよそ7時間。肌の上で体温に溶けて、ふとした拍子に自分で自分の香りに気づく、そういう長さだ。
強さは、控えめに使うのが正解
拡散力は5段階で4。つまり、よく飛ぶ。オフィスでの一吹きなら足首や服の裾に一回、くらいがちょうどいい。手首と首に二回三回とやると、エレベーターの中で申し訳ない気持ちになる。安い香水にありがちな、香りが薄くてつけ足す羽目になるタイプではない。むしろ逆で、加減を覚えるまでは慎重に。
季節でいえば冬と秋。気温が低いほうが、あの煙とバニラの甘さがまろやかに立ちのぼる。真夏の満員電車では、果実とタバコが暑さに煽られて重たくなりがちだ。夜のパーティー、あるいは秋冬のコートの襟元。そういう場面で本領を発揮する。
誰に向いて、誰には向かないか
個性派で、ほのかな色気をまとう。だから、無難で清潔感のある香りを探している人には、たぶん向かない。石鹸っぽさやシトラスの爽やかさを期待すると、この果実とタバコの濃さに面食らうはずだ。
逆に、甘さの中に翳りがほしい人、既製の万人ウケに飽きた人にはよく効く。三千円台で、これだけ物語のある移り変わりを楽しめる香りは、そう多くない。値段を知らずに嗅がせたら、たいていの人はもっと高いと答えるだろう。Lattafa というブランドが世界で支持されている理由が、この一本に凝縮されている。
ひとつ正直に言えば、序盤の甘さから終盤の甘さまで、全体として「甘い方向」の香りだ。ドライで硬派なウッディを求める人には、ずっと甘さがつきまとって感じられるかもしれない。そこは好みが分かれる。
入手は、少し手間がかかる
日本での正規取扱はない。並行輸入や海外通販での入手になる。ドラッグストアでふらっと買える手軽さはないが、探せば見つかる。届くまでの数日、どんな香りだろうと待つ時間も、悪くないものだ。
誰かのためではなく、自分のためだけにまとう夜の一本。もし自分の輪郭に合う香りをまだ探しているなら、香水診断から始めてみるのもいい。果実の甘さの向こうに、あなたの好きな翳りが待っているかもしれない。