レビュー

Qaed Al Fursan Untamed|スパイスの立ち上がる夕暮れ

3,500円ほどのラタファが、なぜ寒い季節にコートの襟元で似合うのか。シナモンとキャラメルの温度、そして正直な弱点まで。単体で静かに眺めた一本。

安いものを褒めるとき、人はつい「この値段なのに」と枕をつける。その言い方が、私はあまり好きではない。値段の話は最後でいい。まずは香りそのものを、寒い日の夕方に袖口へ乗せて、しばらく黙って嗅いでいたい。Lattafa の Qaed Al Fursan Untamedは、そういう時間に静かに応えてくれる一本だった。

つけた瞬間、まず来るのはスパイスだ。シナモン、カルダモン、ナツメグ。そこへマンダリンの細い光が差す。乾いた台所の棚を思い出すような、けれど食べ物のようには生々しくない立ち上がり。トップの数分間はやや荒っぽく、粉っぽさすら感じるかもしれない。ここで「安っぽい」と判断して蓋を閉める人がいるとしたら、少しもったいない。この香りは、肌の上で温まってからが本番だからだ。

キャラメルが溶け込む十数分の変化

三十分ほど経つと、スパイスの角が丸くなり、キャラメルの甘さがそこへ溶け込んでくる。甘いといっても砂糖菓子の甘さではない。ラベンダーやクラリセージ、ゼラニウムが混じることで、甘さの輪郭に少し薬っぽい、大人びた影が落ちる。この影があるおかげで、グルマン(食べ物を思わせる甘い香調)にありがちな幼さから逃れている。サイプレスの緑がかった涼しさも、甘さをだらしなくさせない。

そして時間が進むにつれ、香りは重心を下へ移していく。アンバーの琥珀色の温もり、シダーウッドの乾いた芯、フランキンセンスの煙のような清らかさ。ラブダナムとベチバーが土の匂いを添えて、全体が落ち着いた大人の顔に収まる。最初のざわつきが嘘のように、最後は暖炉の残り火みたいに静かだ。この移り変わりを、袖口越しに一日かけて追うのは、なかなか贅沢な時間だと思う。

強さと、似合う場面のこと

EDP らしく、香りの主張はそれなりにある。持続時間の公称は手元に確かな数字がないので断言は避けるが、私の実感では半日は肌に残る。ひと吹きふた吹きで十分だ。三つも四つも重ねると、閉め切った部屋では甘さが飽和して、周囲に少し圧をかける。これは向き不向きというより、単純に量の問題。控えめに使えば、寒い季節の夜にちょうどいい温度になる。

似合うのは、秋から冬の夕暮れ以降。コートの襟元にひと吹きして、風の冷たい通りを歩く。デートの席や、少し照明を落としたパーティー。そういう場面で、この香りは体温を一段上げてくれる。逆に、真夏の昼や、汗ばむオフィスには重すぎる。清潔感で勝負したい朝にも、たぶん向かない。甘さとスパイスが得意でない人、無臭に近い軽さを好む人には、最初から選ばれない香りだろう。そこは正直に書いておく。

もうひとつ、正体を明かしておくと、これは TikTok でバイラルになった人気作だ。海外での評価は高く、似た系統の高級香水を思わせるという声も多い。ただ、私はこの香りを「何かの代わり」として語りたくない。単体で、夜に似合う温かいスパイスの香りとして、十分に成立している。誰かの影を追わなくても、これはこれで一本の風景を持っている。

手に入れるには、少しだけ手間がいる

参考価格はおよそ3,500円。ここでようやく値段の話をするが、この完成度でこの数字は、やはり静かに驚く。ただし国内の正規代理店は確認できず、Untamed 表記のものは流通が限られているようだ。手に入れるなら楽天やメルカリなどの並行輸入が中心になる。在庫の状況は読めないので、見かけたときが縁だと思ったほうがいい。ラタファというブランドそのものに興味が湧いたなら、Lattafa Perfumes のページから他の香りも覗いてみるといい。この価格帯でここまで作り込むメーカーは、そう多くない。

寒い夜、袖口から立ち上るスパイスとキャラメルの残り香。それだけで、少し背筋が伸びる日がある。派手な一本ではないけれど、季節の底で静かに寄り添ってくれる。あなたの冬に、こういう温度の香りが一本あってもいい。