レビュー

By Kilian Angels' Share|蒸発した分だけ、天使が飲んだ

コニャックの芳醇さから甘い余韻へ。By Kilian のグルマン、Angels' Share を実際に纏った時間の流れとして書く。強さも、向かない人も正直に。

十二月の夜、十一時過ぎ。暖房を切った部屋はまだ暖かくて、コートを脱いだ肩から一日の重さが落ちていく。グラスに何かを注ぐには遅い時間。かわりに手首へ一吹きした。それが Angels' Share だった。

名前の意味を知っているだろうか。樽で熟成させる酒は、時間とともに少しずつ蒸発していく。その失われた分を、昔の人は「天使の取り分」と呼んだ。飲めなかった酒を、天使が横取りしていく。ロマンチックというより、少し諦めのある言葉だ。この香水は、まさにその蒸発した芳醇さを瓶に閉じ込めようとしている。

最初のひと吹きは、開けたてのコニャックの匂い

トップはコニャック。それも比喩ではなく、本当に酒の匂いがする。琥珀色の液体がグラスの縁で揺れて、鼻先に届くあの熱っぽい香り。アルコールの尖りではなく、樽で長く眠った果実の甘さのほうだ。数分は「これ、香水として大丈夫だろうか」と一瞬たじろぐくらい、はっきりと酒っぽい。

でも心配は要らない。この酔いは長くは続かない。十五分もすれば、角が取れて丸くなっていく。

樽の温もりへ、ゆっくりと移ろう

中盤に現れるのはシナモンとトンカビーン、そしてオーク。スパイスの温かさと、木の樽の乾いた香ばしさが重なる。ヘディオンという、透明感のある花の成分がわずかに混じって、甘さが重くなりすぎるのを防いでいる。

ここが一番好きだ。酒の芳醇さがまだ残っているのに、もう酔ってはいない。焚き火のそばで、誰かが淹れた甘いコーヒーを待っているような時間。肌の上でゆっくりと温度を上げていく。

最後はデザートの余韻に溶ける

数時間後、ベースに沈むのはバニラとプラリネ、砂糖漬けアーモンド、サンダルウッド。ここまで来ると、もう酒ではなくデザートだ。ナッツを蜜で煮詰めたような、甘く香ばしい余韻が肌に貼りつく。しつこいと感じる人もいるだろうし、抱きしめられているようだと感じる人もいるだろう。私は後者だった。

拡散力も持続力も平均以上。ひと吹きで十分に足りる。二吹き、三吹きとやると、部屋中が甘い酒場になる。それが魅力にもなり、暴力にもなる。

向く人、そして正直に向かない人

秋冬の夜に、これほど似合う香りは少ない。デートの席、暖房の効いたバー、静かな部屋でひとり過ごす夜。冷えた空気ほど、この温かさは映える。ユニセックスで、性別を問わず似合うのもいい。

逆に、夏には勧めない。汗ばむ肌の上でこの甘さが立ち上ると、重たさが際立ってしまう。オフィスや満員電車も避けたほうが無難だ。甘いグルマンや酒っぽい香りが苦手なら、そもそも入り口で引き返すことになる。ここは正直に書いておく。万人向けの一本ではない。

それと、値段。日本公式の By Kilian で正規に買える。30mLで¥27,500、50mLで¥33,000、100mLのリフィルが¥44,000。決して気軽な金額ではない。海外では話題量が桁違いに多い一本だが、日本語で語られることはまだ少ない。だからこそ、実際に肌で確かめる価値がある。

天使に取られる前に

樽の酒が少しずつ蒸発していくように、この香りも夜のあいだにゆっくり薄れていく。朝、目覚めた枕元にほのかに残る甘さ。それが天使の取り分の、さらにおこぼれのような気がして悪くない。Angels' Share は、寒い夜にひとりで飲むナイトキャップのような香りだ。誰かのためではなく、まず自分のために纏う一本。

甘い酒の香りに惹かれるなら、あなたの温度に合う一本を香水診断で探してみてもいい。