Al Wataniah Sabah Al Ward|白い花の甘い午後
四千円ほどで手に入るUAE発のフローラル・グルマン。可憐で清潔、でも夏には少し重いときもある。つけたときの情景と、向く人・向かない人を正直に。
四月の夕方。仕事帰りの地下鉄。乗り換えのホームで、前に立った人の髪からふわりと甘い花の匂いがした。砂糖を焦がす手前のような、でも重くならない甘さ。思わず振り返りたくなる、あの感じ。Sabah Al Wardをつけると、たまに自分がその「前に立った人」になる。
Al Wataniah の Sabah Al Wardは、UAEのブランドが作るEDP。参考価格は約4,000円。この値段で、と前置きしたくなるほど丁寧な香り立ちをする。
弾けて、花開いて、やがて砂糖になる
最初の数分はピンクペッパーとマンダリンが明るく弾ける。柑橘の皮をむいたときの、あの一瞬の湿った甘酸っぱさ。刺々しさはなく、朝の窓を開けるような軽さがある。
そこからジャスミンサンバックとオレンジブロッサムが開いてくる。洗い立てのシーツに白い花をひとつ置いたような、清潔で濡れた透明感。ここにカカオポッドが忍んでいて、チョコレートというより、カカオの殻の乾いた香ばしさがほんのり下地を作る。甘いのに重たくない、その理由はたぶんここにある。
ドライダウンはバニラとトンカビーン、そしてパチュリ。砂糖菓子のような甘さが肌に寄り添い、パチュリがそれを地面につなぎとめる。けれど主張は控えめで、最後まで可憐さを手放さない。Givenchyのランテルディと比べられるのも頷ける、あの白い花と甘さの折り合いに近い。
強さは中くらい、寄り添うタイプ
拡散力は爆発的ではない。周囲三メートルを支配するような香りではなく、半径一歩ぶんの空気をやわらかく変える、そんな距離感だ。すれ違った人がふと気づく、くらい。
だから使いどころは広い。日中のオフィスでも浮かないし、休日のデイリーにも気負わず纏える。デートの夜に少し強めにつければ、相手が近づいたときにちゃんと届く。朝に二プッシュして、夕方までほんのり残る。盛る香りではなく、連れ添う香り。
七月の正午には、少し甘すぎるかもしれない
正直に書く。タグには夏とあるが、真夏の日中、気温が上がりきった時間帯には、このバニラの甘さが少し重く感じられる瞬間がある。汗ばむ肌の上でグルマン系が暴れると、本人は幸福でも周囲には濃く映ることがある。夏に使うなら夜、あるいは冷房の効いた室内のほうが本領を発揮する。むしろ似合うのは春。桜が散ったあとの、少し暖かくなってきた午後。
甘いものが得意でない人、無臭に近いシンプルな香りを好む人にも向かない。これは「甘さを楽しむ」香りで、そこを隠そうとはしていない。柑橘やウッディの爽快さを期待すると、肩透かしを食らう。
誰に向くか、どこで買うか
可憐で清潔、でも子どもっぽくはない甘さが欲しい人に向く。フェミニンな香りを探しているけれど、強すぎるのも甘すぎるのも避けたい——そういう中間地点を探している人の着地点になりやすい。ランテルディが気になるけれど価格に手が伸びない、という人にとっては、まず試す一本として悪くない選択だ。
難点は入手性。国内の正規取扱いは確認できず、手に入れるなら海外通販や並行輸入が中心になる。現物を店頭で嗅いでから、というわけにいかないのが惜しいところ。Al Wataniahというブランド自体、日本ではまだ知られていないが、この価格帯でこの完成度を出してくるあたり侮れない。
春の夕方、誰かにそっと近づかれたときだけ気づかれる甘さ。そういう香りを探しているなら、四千円の冒険としては優しい部類だ。自分にどんな甘さが似合うのか迷ったら、香水診断から探ってみてもいい。